コーヒーの木のルーツと歴史

普段飲むコーヒーも、元は木になる果実
そして、その赤い実の中の種を取り出し、焙煎したのがコーヒー豆。

つまり、コーヒーにはちゃんと元となる木が存在するということ。

日本にはコーヒー農園はほとんどないので、日本人にはコーヒーの木って縁遠い存在かもしれない。
だけど、農園がある国ではコーヒーの木というのはとても身近な存在だったりする。

そんなコーヒーの木だけど、そもそものルーツはどこなんだろう?

ブラジル?ヨーロッパ?それとも、アフリカの秘境?

実は、コーヒーの木のルーツや広まり方は、種によって違うんだよね。
それぞれ、違うルートで広まり現在の形になってきた。

今回は、少々マニアックなコーヒーの木の伝来のルートについて。

コーヒーの歴史:アラビカ種のルーツ

コーヒーには様々な品種があるけど、もっとも有名なのが『アラビカ種』。
市場の65%は、アラビカ種。

大人気のアラビカ種は、もともとエチオピアに自生していた植物になる
エチオピアは、アフリカの右端ね。

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アフリカ大陸の右端で、山が多く起伏が激しい内陸国。
海に面していそうで面していないのが特徴。

このエチオピアで自生していたコーヒーの木が、次に海を挟んで向かい側のイエメンに伝わっていくことになる。

おおよそ501年〜1,000年のあたりかな。
日本では飛鳥時代、奈良時代といった頃。

それから、だいぶ年月をまたぎ、1699年にオランダの東インド会社によってインドネシアのジャワ島に運ばれ栽培に成功することになる

ジャワ島はインドネシアのあたり。

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かなり移動したように見えるけど、当時ジャワ島はオランダの植民地
1602年にオランダ東インド会社がジャワ島に進出し、オランダにより植民地化されている。

コーヒーの木もその際に運ばれて、栽培された。
今ではジャワコーヒーとして、有名だよね。

ちなみに、コンビニでよく見る『ジャワティー』の茶葉もこのジャワ島。

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その後、今度は1706年にコーヒーの種子から育てた数本の木が、ジャワからオランダにあるアムステルダムの植物園に送られる。

オランダ、アムステルダムにあるライデン大学付属植物園のこと。

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数多くのスパイスの栽培にも尽力した植物園で、今では観光地としても有名な場所になっている。

参考までに、GoogleMapで、6,000件以上の口コミで4.4の評価。

コーヒーの木の種子は植物園で栽培され、苗木が1713年にあの有名なフランスのルイ14世に贈られている。

ルイ14世は、ブルボン朝第3代のフランス王国国王。
王朝の最盛期を築き、太陽王と呼ばれていることで有名。
学校の世界史とかで習った人も多いんじゃないかな。

そんなルイ14世も、コーヒーの香りの良さにとりこになり、その後ルイ15世の時代に普及している。

これが中南米のコーヒーのルーツ。

コーヒーの歴史:アラビカ種ティピカのルーツ

アラビカ種の中でもブルーマウンテンなどの原種として、有名なティピカについて。

ティピカは1720年ごろにフランスからカリブのマルティニーク島へと伝来していることが分かっている

マルティニークは、カリブ海の島。

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なんでこんなところに伝来したかというと、フランス人将校のガブリエル・ド・クリューが、パリの植物園から苗木を赴任地であるフランス県マルティニーク島に持ち出したから

ガブリエル・ド・クリューは、駐屯地マルティニークからの一時帰国中、植物園のコーヒーノキの苗木をマルティニークで栽培することを目論み、密かに持ち出して船中で育て持ち帰った。

なぜ持ち帰ったのかには、諸説あるけど、航海の苦難を乗り越え、栽培に成功したことは有名に。

そして、マルティニークから他のカリブ海の国々へ、さらに中南米諸国へと広まっていった。

そのため、マルティニークの木が現在南米で多く栽培されているコーヒーノキの原点ということになっている。

このルートで広まった品種がティピカ。

コーヒーの歴史:アラビカ種ブルボンのルーツ

アラビカ種の中でも有名なブルボン種は、1717年にイエメンからフランス人によってブルボン島に導入された

ブルボン島は、アフリカの下の方にあるフランス領の島のこと。
いまではレユニオン島と呼ばれているかな。

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火山やサンゴ礁が有名な場所。

1642年に国王ルイ13世によって『ブルボン島』と命名されたものの、ブルボン王政を打倒したフランス革命によって『レユニオン島』と改名されてしまって、現在に至る。

ちなみに、Google Mapだと、どっちで検索してもヒットする。
さすがグーグル。

当時、アラビカ種のうち、ブルボン島現地で栽培しているうちに突然変異を起こしたのがブルボン種

その後、旧イギリス領東アフリカ(現在のケニア・タンザニア)に移植され、のちに中南米にも導入されていく。

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このルートで広まったのがブルボン。

コーヒーの歴史:カネフォラ種(ロブスタ等)のルーツ

コーヒーの品種として、アラビカ種の次に作られているのがカネフォラ種。

アラビカ種に比べて、苦味が強くあまり親しまれてはいないけど、病気に強い品種。
流通しているコーヒー全体の35%を占めている。

あまり馴染みないかもしれないけど、いわゆるロブスタのこと。
ロブスタはカネフォラ種のうちの一種。

あまりにロブスタが有名になってしまって、カネフォラ種の代名詞のようになっただけ。

さて、そんなカネフォラ種だけど、意外と歴史は浅い。

カネフォラ種は、タンザニア、ウガンダ、ケニアの国境にあるヴィクトリア湖の西で見つかった。

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1860年代から1880年代にかけて、アラビカ種は病気の大流行により大打撃を受けていた。

病気で困り果てている時に、病気に強い木があるということで見つかったのがカネフォラ種。

味はともかく、「病気に強い」その一点が評価されて、その後急速に導入が進められていったという背景がある。


その後、1898年にイギリスのロイヤル・ボタニック・ガーデン・キューという植物園からシンガポールやトリニダードへ送られたのが栽培の最初だと言われている。

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以来、熱帯各地に広まり、1900年にはベルギーからジャワ島に導入されていいった。

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